生気論と機械論についてわかりやすく解説!

生気論と機械論のアイキャッチ画像 哲学

「生気論」と「機械論」は科学史や哲学の分野で扱われることの多い概念である。今回の記事では、この2つの概念についてわかりやすく解説する。

また、補足として「人間機械論」についても記事後半で触れているので、必要に応じて読んでもらえると幸いである。

この記事に書かれていること

この記事に書かれていることを短くまとめると、下記の通りとなる。それぞれの詳細については、記事本文を読んでほしい。

生気論とは→人間などの生命には、自然科学では説明できない特別な力があるとする考え方。

機械論とは→世界や人間は、物理的な法則に支配され、機械的に動いているとする考え方。

人間機械論とは→機械論をより先鋭化させ、人間に特化して適用しようとする考え方。

生気論概要

ここでは、生気論の基本的概要をいくつかのテーマに分けて解説する。

生気論とは?

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生気論とは、哲学や科学史の分野で扱われる、生命に対する概念の一つである。

その内容は扱われる領域によって微妙に異なる。しかし、人間を始めとした「生命」には、「科学全般の法則だけでは説明できない特別な力がある (≒生気)」という考え方が基本となっている。

具体的には、人間の精神 (意識や意志) に生気が宿っているとされる。現代においては、非科学的な概念という特徴から、哲学や宗教思想の一部とされることが多い。

生気論を唱えた人

生気論を唱えた人は複数人いる。代表的な人物は下記の通りである。

古代→医者のヒポクラテス、哲学者のアリストテレス、医学者のガレノスらが生気論の源流となる学説を発表した。

近世→解剖学者のウイリアム・ハーベー、生物学者のジョン・ニーダムが生気論的学説を述べる。また、化学者のゲオルク・シュタールの提唱した説も生気論の根拠として注目される。

近代→生物学者のハンス・ドリーシュが自著「有機体の哲学」(1909年) で発表した説が「新生気論」として話題になった。

生気論の具体例

古代では、アリストテレスが提唱した「自然発生説」が有名だ。これは、「生物が親なしで物質から生まれることがある」という説であり、生気論の具体例の一つといえる。

また、近代では、ハンス・ドリーシュのウニを使った実験が知られている。ウニの卵を分割しても、それぞれでウニの幼生ができたことを根拠として、「生命独自の調整能力がある」とする説である。

ハンス・ドリーシュの説は多くの学者が反論、現代では自然科学の理論で説明できる現象として、生気論としては説得力をなくしている。ただ、その主張はいろいろな意味で注目を集めた。

生気論的世界観の身近な例

生気論的世界観とは、「1+1」は必ずしも「2」にならないという世界観である。そこには「曖昧さ」や「偶然」が含まれている。

たとえば、予めプログラミングされたゲームのキャラクターは制作者の想定通り動くのが普通である。しかし、人間の赤ちゃんは突然泣き出すなど、すぐには理解できないところもあるだろう。

仮にゲームなどのプログラムの世界で想定通り動かないときは、バグ (不具合) を修正すればよいと決まっている。しかし、生気論的世界観では、それ以外の「何か」が世界に存在すると考えるのである。

生気論の否定

生気論は非科学的な考え方であるため、現代科学の世界では否定されている。

たとえば、1861年に細菌学者のルイ・パスツールが自身の実験結果から、生気論 (アリストテレスの自然発生説) を完全否定。その後の解剖学や生理学の発展も、生気論者を弱気にした。

また、ダーウィンの自然選択説 (生物の進化を物理学の立場から説明可能にする説) は多くの人々に影響を与え、これも生気論の否定につながった。

生気論まとめ

生気論を簡単にまとめると下記の通りとなる。

補足しておくと、生気論を過去のものとして扱っているのはこれまで述べたとおりである。ただ、情報生物学はむしろ生気論に近いという指摘も一部ではある。

・生気論は哲学から始まり、科学史にも度々登場、その存在が長年議論されてきた。

・生気論の基本的な考え方は、「生命」には「科学では解明できない特別な力 (≒生気)」が備わっているとするものである。人間の精神 (意志) がその代表例。

・自然科学においては、過去のものとして扱われている。現代では、哲学・宗教思想の一部とみなされることが多い。

機械論概要

ここでは、機械論の基本的概要をいくつかのテーマに分けて解説する。

機械論とは?

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機械論とは、哲学や科学史、及びその周辺領域の分野で扱われる概念である。

具体的な定義はその領域によって微妙に異なる。一般的には「世界や生物のすべては物理的な法則に支配され、機械的に動いている」という考え方とされる。

機械論が精神 (意識) のような非物質的で神秘的な存在を否定するの対し、生気論はこれを肯定する。そのため、「生気論」と「機械論」は対で語られることが多い。

機械論を唱えた人

機械論を唱えた人物は複数おり、代表的なのは下記の人物達である。この中でも特に重要とされるのが「ルネ・デカルト」である。

デカルトは人間には「精神」があるので「完全な機械」ではないと主張。一方、動物は機械のように規則的な動きをするだけという、「動物機械論」の考えを発表した。

デカルトがどのような人物であったかについては、下記記事で詳しく解説している。

・デカルトってどんな人? その哲学をわかりやすく解説

古代→哲学者のデモクリトスが機械論の源流となる説を唱えた。ただ、多くの支持は得られなかった。

近世→哲学者のルネ・デカルト (1596~1650年) が機械論的な考えを主張した。これは大きく注目され、ニュートンなどさまざまな人物に影響を与えた。

近世→医師のジュリアン・オフレ・ド・ラメトリ (1709~1751年) が霊魂の存在を否定。デカルトの説をさらに先鋭化させた「人間機械論」を提唱した。

機械論の具体例

動物は時計などの機械と同じように規則的に動き、痛みを感じない存在 (動物機械論) と信じていたルネ・デカルトは、これを証明するための公開実験を行った。

具体的には、動物をそのまま解剖して、悲鳴をあげてもプログラムされた反応でしかないと主張した。

動物福祉運動が盛んな現代においては、上記が不道徳で間違った行為と認識されているのはいうまでもない。

機械論的世界観の身近な例

機械論的世界観とは、「1+1」は必ず「2」になるという世界観である。そこには「原因」と「結果」の連鎖がある。

古典的な例でいえば、時計は予め精密に設計されているので上記の例に当てはまる。また、テレビゲームの世界も予めプログラミングされたように動くので同じように当てはまる。

あるキャラクターがフラグ (伏線) を立てれば、それに合わせて決まったイベントが起きるのがゲームである。これがバグなど起きずに完璧に設計されていれば、ある種の機械論的世界観の例といえる。

機械論の否定

機械論は「唯物論」や「物理主義」と近い考え方であり、今はそちらを採用することが多くなっている。

つまり、「唯物論」や「物理主義」の考え方が主流になるにつれて、その枝葉ともいえる「機械論」は立場を失い、特別な場合を除いて使う必要もないのが現状である。

機械論まとめ

機械論を簡単にまとめると下記のようになる。

・機械論は哲学から始まり、科学史にも度々登場する概念である。

・機械論とは「世界や生命のすべては物理的な法則に支配され、機械的に動いている」という考え方。生気論と対で語られることが多い。

・現代学問では似た考え方である「物理主義」のほうが採用されやすく、「機械論」の概念を使わないことがほとんどである。

【補足】 人間機械論概要

ここでは「機械論」の補足として、「人間機械論」を深掘りして解説する。

人間機械論とは?

人間機械論のイメージ画像

人間機械論とは、機械論の概念の一種である。

機械論が人間だけではなく、広く世界一般の物事に対して使われるのに対し、人間機械論はその名の通り、人間に限定して機械論的な考え方を当てはめたものだ。

具体的には、人間を時計などの機械と同じと見立てる考え方である。機械論の項目でデカルトの「動物機械論」を紹介したが、これを人間にも適用したものと理解してもよい。

提唱者

人間機械論の提唱者として有名なのは、下記3人の人物である。3人はそれぞれ個性的な著書を出版している。

ラメトリの人間機械論

ラメトリの人物画像
引用元:https://onl.bz/vJAFVi9

医師のラメトリ (1709~1751年) はデカルトの「動物機械論」を人間にも当てはめる、当時としては斬新な生命観を持っていた。1747年発売の著書「人間機械論」の中でこの考えを提唱する。

デカルトが人間については「肉体」と「精神」に分かれると考えたのに対して、ラメトリは霊魂の存在まで否定。人間についても徹底した機械論的な生命観を打ち出したことに特徴がある。

ラメトリの主張に一般社会の反発は強く、特に宗教界では、これを潰すために各宗派が「力をあわせて狂奔した」とまでいわれている。

ウィーナーの人間機械論

ウィーナーの人物画像
引用元:https://onl.bz/CTnXjxY

数学者のノーバート・ウィーナー (1894~1964年)は1950年に邦訳で「人間機械論」と題された本を出版している。

これは当時新しかった「サイバネティックス」という学問分野を説明、今後の社会を予見した一冊である。

今回紹介している人間機械論とは題名が同じだけでその具体的内容は異なるが、現代でも通用する著書として読者の評価は非常に高い。

人間は機械である

マーク・トウェインの人物画像
引用元:https://onl.bz/crAWD9c

「人間は機械である」とは、小説家であるマーク・トゥエイン (1835~1910年) の作品で語られる主張である。

具体的には、「人間とは何か」という著書でその思想が披露される。内容を端的にいえば、これまで紹介した人間機械論的世界観を「小説」としてまとめた作品だ。

小説ということで、気軽に読めるのは嬉しいところだろう。こちらも読者の評価は非常に高くなっている。作品の詳細について興味ある方は、下記記事の後半を参考にしてほしい。

・マークトゥエインはどんな人か? その哲学を探る

人間機械論まとめ

人間機械論の要点をまとめると、下記のようになる。

人間機械論とは、機械論の概念の一種である。端的にいうと、人間を時計などの機械と同じとする考え方。

人間機械論の文脈で有名な人物は3名いる。ラメトリは機械論的な生命観を打ち出し、マーク・トゥエインは小説でその世界観を披露した。

ウィーナーも邦題で『人間機械論』とする著書を出版しているが、本記事で解説した人間機械論とは少し毛色が異なる一冊である。

個人的雑感

最後に個人的な雑感を述べていきたい。ここは生気論や機械論についての具体的な説明ではないので、興味のない人は読み飛ばしても構わない。

何回も述べたように、生気論や機械論はその領域や識者によっても微妙に使われ方が違うため、かみ砕いて説明するのは難しかった。

そのため、基本的には対象を「人間」に絞って解説したつもりである。人間に絞ってこれらの概念を見た場合、生気論のいう「魂」のようなものがないとしても、物理法則だけで機械的に人間を理解するのも「味気ない」と感じるのが個人的な感覚だ。

ただ、科学全般の現代では、機械論的な考えが主流だろう。そのような意味で、生気論と機械論は古くからある概念でありながら、今でもいろいろと対比させて考えをめぐらすのは面白いと思った。

生気論と機械論は対となる概念

「生気論」と「機械論」は対比させて語られることが多く、対となる概念といえる。

生気論は自然科学では説明できない特別な力があるとする立場、機械論は自然科学ですべてを説明できるとする立場である。

機械論には、「動物機械論」や「人間機械論」など、より先鋭特化した概念がある。共に、現代でも読み継がれている関連書籍がいくつかあるのも興味深いといえるだろう。

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